「もう十分ですよ、お腹いっぱいですよ、天龍さん」
フィニッシュへと繋がりそうになる度に僕はそう心に思った。
でも、天龍源一郎は最後まで僕らにその生き様を見せてくれた。
「最後まで諦めちゃダメなんだぜ」
「やられてからが本当の勝負だからな」
天龍さんは何度も立ち上がりながら、最後の授業をしてくれているようだった。
まだ立つのか、まだやれるのか、もうそろそろいいんじゃないか、そんな感情が激しく
僕を揺さぶった。
そして最後はボロボロとなり、伝家の宝刀・水平チョップもオカダの胸を撫でるだけの
ような当たりになってしまった。
ついに最後の瞬間が訪れた。
もちろん会場の誰一人として、天龍さんが勝つとは思ってなかったはずだ。
でも、僕は天龍さんに勝って欲しかった。
勝って、引退して欲しかった。
今まで、現実社会でキツイ事があった時、何度となく天龍さんの不屈のファイトで勇気
付けられた事だろう。
天龍さんが勝って「現実ではそんな事はなかなかないけど、ほら頑張ればやってやれない
事ないだろう」と最後に見せて欲しかった。
だから、3カウントが入った瞬間、天を仰いだ。
「ああ、終わっちゃった」
でも、僕はホッとして、満足だった。
最後の試合を最前列の席で見届ける事が出来て良かった。
天龍源一郎は最後の最後まで天龍源一郎だった。
おためごかしの試合を組んだり、セレモニーだけでごまかしたりせず、最後の最後まで
僕達を裏切らなかった。
「俺に付いてきて良かっただろう?」
天龍さんにそう言われた気がした。
やせ細り、衰えた脚を隠すために履いていたロングパンツではなく、最後の最後は僕らへの
プレゼントであろう、往年のショートタイツで最後のリングに上ってくれた。
それだけでも僕の涙腺は決壊寸前だった。
風雲昇り龍の一生懸命のプロレス人生を彩った、パワーボム、延髄斬りが見れたのも、
ファンへの最後のプレゼントであっただろう。
特にパワーボムは個人的に是非とも見たかった。
あのパワーボムが何度僕を救ってくれたか分からない。
そして、また救ってくれたような気がした。
もう、コーナーの助けを借りなければ上げれなくても、それでも天龍の最高の必殺技は
やはりパワーボムだ。
それを見せてくれた事が本当に嬉しかった。
リングに上って最初の数分間は往年の動きも見れたが、僕らが幻想を抱き過ぎていて、
現実の天龍さんの老いとのギャップはあった。
ここまで衰えてしまったのか、そう素直に感じた。
あの天龍さんが、、
でも、それも現実の天龍さんなのだ。
それを最後まで僕らに見せてくれるのが天龍源一郎なのだ。
天龍さんは、ちょっとした事で直ぐにへこんだりしてしまう僕を励ましてくれたと思う。
「ほら、そんなくさんなよ」
「みんなと一緒じゃなくても良いんだよ」
「サボっちゃダメだよ」
「カッコ悪いことすんなよ」
大言壮語を弄さず、常に背中で男とはどうやって生きていかなければならないか。
この事を教えてくれた。
引退の10カウントゴングが鳴っている間、「天龍さん、本当にありがとうございました」
そう思った。
天龍さんのファンで、ずっと応援してきて良かったとそう思った。
最後の花道を行く天龍さんを見つめながら、何度も感謝した。
食事をして、投宿しているホテルに戻った時に、倅からメールが来た。
彼の名前は源一郎、もちろん天龍さんから勝手に頂いた。
「試合どうだった?」
「ああ、天龍さん、引退しちゃったよ」
「そうかあ、悲しいね、引退しちゃって」
「うん、でもパパは30年近く天龍さんを応援してきて良かったよ。幸せだった」
「そうなんだ」
「うん、本当にそう思った。天龍さんの名前を君に付けれて良かったよ」
僕はその時いきなり激しく心が乱れ、目から大粒の涙が溢れた。
ああ、僕はこんなにも天龍さんへ思いを抱いていたのかと知った。
本当に天龍源一郎をずっと応援してきて良かった。
天龍源一郎は決して最後までファンを裏切らず、レスラー人生を全うしてくれた。
こんな人はレスラーだけではなく、一般社会にもなかなかいないと僕は思う。
僕はそんな凄い人を応援できて、本当に幸せだった。
天龍革命という言葉から、天龍さんには革命という2文字がいつも付きまとうけど、
天龍さんの本質はいつも僕らファンのためにどうしたら良いか、を常に考えてくれた、
ピープルズチャンピオンだと思う。
天龍さん、本当に長い間僕らに夢や希望を与えてくれて、ありがとうございました。
一生懸命の長い戦いの人生、お疲れ様でした。
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