中日の監督解任劇に思う

 今回の落合監督がドラゴンズから解任をされたニュースを見るにつけ、本当に組織を
引っ張るリーダー、中間管理職、勝利至上主義、個人主義、営業面、理想と現実、
本音と建て前、様々な現実があるようで、本当に世の中を渡って行くということは、
厳しく、大変なことである。

「名選手、名監督に非ず」、その言葉を見事にひっくり返し、リーグ制覇、日本一等々、
功績高い落合氏だが、その反面、在籍間に一度も球団は黒字になったことがないと言う。

それは勝利至上主義が行き過ぎた観客離れであるかもしれないし、球界一の監督年棒が
ネックになっている側面もあったろう。

落合氏としては、球団を強くし、優勝させることが球団と自分との契約であり、その
対価として、契約書通りの高年棒を手にすることは当たり前なのかもしれない。

実際、結果を出してきたのだ。

それでも球団が人気がないのは、営業の努力不足ではないのかとも思える。

しかし、氏はシーズン後のファン感謝デーには一度も顔を見せたことはないと言う。

それはオレ流で言うと、「It’s none of my business」ということかもしれない。

落合氏の生き様に何らケチを付けたいわけではない。

もちろん落合氏の本音も知らず、意見を書くのは失礼だが、私はこう思う。

落合氏は以前「サムライ街道」という歌を歌われている。

勝手に思うのだが、本当にサムライ足り得たのかと思う。

自分の関係ないことに責任を持つ、そんなことは必要ないとは思うが、出来ることは
何でもやる、それがサムライなのではないか。

確かに難しい業界だと思う。

勝つことを求められて、それを成し遂げても人気がなく球団は赤字、それの責任は
やはり営業・フロントの問題だとは思う。

しかし、男・落合としてやれることもあったのではないかという思いは強い。

もちろん経営者ではなく、一中間管理職である監督にそれを求めるのは酷であるのは
重々承知ではあるが、それでもそれを見せて欲しいというのは求めすぎだろうか。

ファンの勝手な見方ではあるが。

もちろん、一般企業経営にもつながる。

派手に見えても、赤字では意味がない。

その際は、内部またはやり方を変えるしかないのだ。

そのためには首のすげ替えももちろん選択肢だ。

人件費面、他部署への非協力性などからも更迭はしょうがない面はある。

一方、落合氏の生き様、考え方には深く考えさせられる面もあり、非常に心は揺れる。

名球会に未入会のくだりもそうだ。

はっきりと、自分はこうだ。

これは自分の主義主張に照らし合わせて、出来る出来ないが明確にある。

一切、心と考えがぶれないのだろう。

そう思うと、それはそれで落合氏の「侍道」なのかもしれない。

ただ、落合氏はまだ58歳とお若い。

少々のインターバルをおいて、是非また球界の指導者へと復帰してください。

ファンは待っています。

8年間お疲れ様でした。

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